「再見・ツァイツェン〜また逢う日まで」

く〜っ、泣ける


  

ボクとジジちゃんとの付き合いは「古い」。

あれは98年だったか、シャンハイの錦江飯店の北楼でのことだった。
当時からテレビをほとんど見ないボクだけど、この日はたまたま付きっ放しのテレビ(そのチャンネルは、知る人ぞ知る『channel[V]』)をぼーっと見ていた。そこに映し出されたビデオクリップで唄うジジちゃんに「びび」っと来てしまった。「世の中にはこんなにかわいい人がいるんだ!」
その人こそジジレオン。それ以来、ジジちゃんのCDはほぼ全て買った。それでも、一番のお気に入りのは「びび」っと来た曲が入っているアルバム。もう何千回聞いたかわからない(それにしては、最近聞いていないなぁ)。あれから何年? VCDに入っているジジちゃんはそのままだけど、正直言って「旬」は少し過ぎてしまったような...。あの時のジジちゃんが日本に紹介されていたらもう少し違っていたかもしれない。でもな「君がいた永遠」でもブレイクせんかったしなぁ、仕方ないか。

で、彼女が出ている(しかも主演で!)映画が公開されている。以前なら、公開初日に駆けつけても不思議でもなんでもなかったけど、もう上映終了間際のある土曜日、ようやく観ました「再見・ツァイツェン〜また逢う日まで」。

このところ映画を観ることが極端に減っていたので、この映画の予告編を観ることもなかった。ウワサによると予告編だけでも「泣ける」そうだ。もちろん、本編も催涙ムーヴィー。
この日の梅田ガーデンシネマはそこそこ(50人ほどかな)の入りでしたが、ボクは最前列の真中に座ることが出来た。しかも、ボク以外に最前列に座る人はいなかった。それをいいことに、誰に憚ることなく泣きました。これほど泣いた映画も珍しい。頬が濡れるどころではなく、ハンカチが湿るほど!
「わかっちゃいるけど、止まらない」まさにそういう作品だ。

何らかの理由で離散してしまった四人兄妹。その中で上から二番目の長女が移民した外国(美国?)で音楽家として成功し、北京で凱旋公演を行うことになった。彼女はこの帰国を機に、離ればなれになったままの兄妹との再会を願う。
果たして、彼女は兄妹と再会することが出来るのか? そして、この兄妹が離散してしまった理由は、一体何だったのか? この二つのテーマが現在と過去を行きつ戻りつしながら語られ始める。

17、18年ほど前。中国東北部。どこかなぁ、長春? ハルピン? それともボクが知らない街だろうか? その街に暮らす幸せな一家。
両親に小学5年ぐらいの長男。3年ぐらいの長女。幼稚園の年長さんほどの次男。そして5つぐらいの次女。兄弟仲もいいし、もちろん家族皆が仲良しで、笑顔が絶えない一家。
この映画の素晴らしいところは、この家族の描写がとても丁寧なことだろう。現在の北京を舞台に進行する物語りはどこか「空疎」でさえあるのに、過去の回想シーンは丁寧でリアル。家の内部の様子や食事、子供達の衣装やお父さんの帽子やマフラーまでもが今でも鮮やかに脳裏に甦る。瓶詰めのストーリーなんかもいいねぇ。

父は学校で音楽の教師をしているが、「不良分子」のレッテルを貼られ、校長から僻地にある学校への左遷を言い渡される。それを潔しとしない父は教職を辞してしまう。しかし、育ち盛り食べ盛りの子供達を養っていかなければならない。季節は冬を迎えている。練炭を運ぶなどをして、僅かな手間賃を貰いどうにか収入を得ている...。
そんな時に事件が起こる。
幸せな家庭が崩壊していくなんて、こんなに簡単なことだったのか。残された子供達が、生きるために選んだ手段とは...。
とにかく、わかっちゃいるけど...。純朴な子供を使う「反則ワザ(?)」の連続で、頬を伝う涙が止まらない。

四人の子供がスバラシイ! この子たちのことを思い出すだけで、涙腺が緩んでしまう。
現在形の兄妹は、長兄にジァンウー(「こころの湯」)、次男にシァーユイ(「太陽の少年」「西洋鏡」)となかなか豪華(の割にはもったいない使い方)。でも、完全に子役に喰われている損なキャスティングですね。
ジジちゃんも正直言って毒にもクスリにもならない役どころ。

いわゆる「イイ映画」かどうかはわからないけれど、「泣ける映画」であることは確実。オススメ。
大阪では12/19(つまり今日)まではレギュラー上映。その後、新年の1/9までモーニングショーでの上映だそうです。
さぁ、ハンカチを片手に梅田ガーデンシネマへ急げ!

おしまい。