「二重スパイ」

早くも、日本登場!


  

今回は久し振りに試写会。ありがたいことです。
この春先、まだ寒いソウルで観た「二重スパイ/Double Spy」。早くも日本語字幕付きで拝見できるのは嬉しい限り。この映画複雑な(?)人間関係や背景もあり、ハングルオンリーではあんまり理解出来ていなかった。
今回字幕付きを観て「そうやったんか!」って部分もけっこうあって、やっぱりまだまだやなぁと反省(まぁ当然やけどね)。

しかし、理解度は深まったものの、感想はそう変わらなかった。

上手く言い表せないけれど、この映画には何かが欠けている。
あまりにもうわべをなぞりすぎて、人間の内面に入り込めていないのではないかな。もちろんスパイが自分の内情を吐露することは有り得ないだろうけど、人間キムビョンホ(ハンソッキュ)の悩みや苦悩が見えて来なかった。まるで、事実だけを重ねたドキュメンタリーを見せられているような気がした。
もう一つは、コソヨン。確かに美しく綺麗なお方だけど、それだけ。この映画で彼女が生きているとは思えない。これならJSAのイヨンエのように居ても居なくてもどっちでもいいような役廻しに徹するべきで、下手に出番が多いだけに落胆が大きい。それならもっと芝居が出来る女優さんを配するべきだったのでは?
なんて書くと、いかにも「失敗作」のようなイメージを与えてしまうけれど、決してそんなことはない(もう遅い?)。ハンソッキュは素晴らしい演技を見せている。ただ、脚本がもう一つなだけ(だと思う)。

上映が始まる前に「シュリは未来のことを、JSAは現在のことを、そして二重スパイは過去のことを、それぞれ描いている」という解説があった。的を得ているとは言わないが、面白い表現だと思った。
この三作品を並べて見てみると、それぞれの映画が作られた時間が違うけれど、だんだん北に対する描き方が柔和になっているような気がする。シュリの冒頭などでは、北の工作員はまるで殺人マシーンのように描かれていたのに、今回は北はオブラートに幾重にもくるまれているのに対して、南の工作員の訓練、情報部の拷問などまるで「悪者扱い」で描かれている(それでも事実よりは加減してあるんだろうけど)。そして、JSAでは、北の軍人にも血は通っているし、話してみれば同じ朝鮮民族ということを思い出させる存在だと描かれている。
二重スパイの冒頭、ピョンヤンでの軍事パレードのシーンをバックにタイトルロールが流れる。ロシア文字のクレジットが現われそれがハングルに変わり表示される。ロシア語は読めないので、そのロシア語とハングルがそれぞれ対応しているのかわからないけれど、これって意味深。何かを暗示しているのか? 北は南を「米国帝国主義の傀儡国家」だと言ってはばからなければ、南は北を「赤軍(ソ連)の手先」だと誹謗してきた。今、ソ連が崩壊して後ろ盾を失い「手先だけ」になった北を南から見れば「同じ朝鮮民族なんだから、話せばわかる」と思おうとしているのではないだろうか? そんなことをふと考えていた。

東ベルリンの北朝鮮大使館に勤めるエリート将校キムビョンホは西側に亡命する。亡命したものの南では彼の扱いに困惑してしまう。亡命の理由がわからないから。あらゆる拷問にかけ、彼の真意を探るのだがキムビョンホは口を割らない。この姿を見て、南の情報部は彼を受け入れることにする。この拷問の過程でキムビョンホが「自由を求めて来た」と言うのに対して取調官が「ここには自由など無い」と言い返すのが可笑しかった。でも当時は(今も?)、それも事実だったんだろう。
しかし、キムビョンホは北が送り込んだスパイだった。数年が過ぎ、南に長く暮らす北の工作員から彼に指令が下る。その接触方法は、聞き逃してしまいそうなラジオのDJから発せられた言葉。なんと言うスマートな方法。
しかし、韓国に潜伏している北側工作員ユンスミが現われてから、物語りは突然輝きを失い薄っぺらいものになってしまう。何故なんだ!

キムビョンホはクールで冷徹なだけの男なのか。彼の心の揺れこそがこの映画の本当の主題だったのではないのか? この部分が全く欠けてしまっている。映画の中のキムビョンホはただ流されるまま流されて最後の判断を下したのに過ぎないように描かれている。彼の主体は何処にいったのか? どうして北でも南でもない第三国への更なる亡命という道を選んだのか? このままじゃぁ「渡りに舟」状態。その道を選ぶまでの悩みや苦しみは? これでは映画ではなく下手なドキュメンタリーと捉えられても仕方ないかな。

観る側が期待してしまうテーマと作り手が伝えたかったテーマとのズレがここまで大きいと、もうどうしようもないのかもしれない。絶大なる人気、カリスマ性を備えたハンソッキュの「興行No.1俳優」という金看板がはがれてしまった作品として長く記憶に残るのかもしれません。でも、意外と日本ではヒットしたりして...。
それでも結構な話題作ですので、是非ご自分の目でお確かめ下さい。

おしまい。