「先生、キムボンドゥ」

子供をダシにするのはズルいけど...


  

今年に入ってからソウルで観た一連の映画、上手く説明できないけど、どうやら韓国映画の流れがちょっと変わってきているような印象を受けた。
もっとも、そうたくさん観ているわけではないので偉そうなことは言えないのだけれど...。

ここ数年の韓国映画は、戦争ものや刑事ものといったバイオレンスの風味が色濃い作風のもの(主に「大作」と呼ばれるものが多かった)と、従来からお得意の涙ボロボロ・催涙メロドラマ風のもの、そして若手スターを主役に立てたドタバタコメディものが多かったようだが、ここに来て従来に無かった味付けの作品が出て来たのではないだろうか。
それは「ボリウルの夏」「童僧」そして未見だが「おばあちゃんの家」などの子供を主役に起用した作品群(これも未見だけど、チョンドヨンの「我が心のオルガン」もそうなのかなぁ)。共演の大人もいわゆるトップクラスが出ているのではなく、知ってはいるけど一人で映画は撮るのは難しいような俳優が多い(一人で映画が作れる俳優がそんなに多い訳ではないけどね)。子供が出ているだけあって、内容はどぎついものではなく、どちらかと言えばほんわかとした人情ものに仕上げている。興行成績がどうかは知らないけれど、この新しいジャンルの作品、内容はどれもなかなかいいと思う。
舌が肥えている人でも、毎食血が滴るような肉に濃いソースが掛かったステーキばかりを食べられないように、いつも血生臭くて濃厚なドラマばかりは観ていられないのだろう。たまにはあっさりとしたお茶漬けが恋しくなるもんだ。それとも、制作コストの問題もあるのだろうか?


さて、今回紹介する「先生、キムボンドゥ」。
子供が出てきて脇をぐっと締め、最近メキメキと頭角を現しつつあるチャスンウォン(「リベラメ」で放火魔の役をしていましたね)が出演しているコメディ映画。
この作品がボクの言う「新しいジャンル」の映画かどうかはぎりぎりのところだけど、いわゆる大作ではなく、軽いタッチで仕上がった佳作であることは間違いないと思います。興行的にもそこそこヒットしたようです。
確かに、心が洗われるお話しではあるけれど、少々冗長すぎる部分が気になるのと仕掛けが無さすぎると思った(でも、いいお話しです)。

この映画を象徴するものは、間違いなく「白い封筒」。映画のタイトルを「白封筒」としても良かったぐらい。
ソウルで小学校の教師をしているキムボンドゥは、まだ若いのにさほど教育には熱心ではない。遅刻も多いし、授業は勝手に自習にしてしまう。彼の唯一の楽しみは、教えている子供の保護者から白い封筒を受け取ること(この白封筒が何を意味するかは、映画を観ればわかります)。このことだけで、彼のことを悪党と呼ぶにはかわいすぎるけどね。
そんなある日、身から出たサビか、こともあろうにソウルから遠く離れた江原道(カンウォンド)、しかも山奥の僻地にある分校への転勤をいきなり命じられてしまう。
彼はここで心を入れ替えるどころか、そんな我が身を哀れんで、何とかソウルへ戻れるように画策するのだが...。

この分校には生徒はたった5人しかいない。しかも分校の教職員は彼が一人だけ。周囲は山また山で、少ない平地には一面にハクサイ畑が広がっている。
先生は授業はまるで上の空で自習ばかりだ。素朴で純真な子供たちやその親、村の人たちと触れ合っても、人間ってなかなか変わらないものなのね...。

そんな時、突然都会から転校生がやって来た。そして、なんと、その両親は彼に「白封筒」を手渡すのだ。
この封筒が巻き起こした波紋を通じて、キム先生はようやく人の心の意味を知る(ちょっと遅すぎるよ!)。でも、本当に遅すぎた。彼がこの教室でこの5人+1人(!)と一緒に勉強できる時間は、もうほんの少ししか残されていなかった。この分校は春が来たら廃校になってしまう。

映画の最初の部分こそコミック風のタッチだが、徐々にシリアスに展開していく。
先生が住む部屋の扉に白封筒がねじ込まれているシーンには思わず涙してしまった。
この映画は、韓国の教育界が抱えているであろう諸問題を告発するなどと言う大それたものではない。あくまでも「人間キムボンドゥ」の心の成長に焦点が当てられている。そして彼の成長に合わせるように白封筒が持つ意味も徐々に変化していく。映画の最初に受け取る封筒と、雪の分校の校庭で受け取る封筒の違いは大きい。
韓国の社会でこの封筒が持つ意味が、何となくこちらにも理解出来るだけに、思わずニヤっとしてしまう。
それにしても、田舎の人々の心のなんと純真なことか、ほんと心が洗われます。

しっかりした字幕があればもっともっと涙するセリフが多かったはずだ。それが残念。
もちろんチャスンウォンはいい演技で充分楽しませてくれた。子役では最も貧しい少年がなかなかの好演(将来のアンソンギか?)。学校の近くに住む謎の老人に「火山高」の教頭先生が登場して場を締めてくれます。
ただ、先生のお父さんが亡くなるあたりから急に演出の歯切れが悪くなってしまうのはどうしたことか? 惜しいな。

この作品はそう遠くない日に、日本でも上映されるチャンスが必ずやって来ると思います。お楽しみに!

これでゴールデンウィークに行ったソウルからのレポートは終了。次回からは、いつものように大阪で観た映画を紹介していきます。

おしまい。