「殺人の追憶」

悔しさ、悲しさ、やりきれなさ


  

「シュリ」「JSA」「反則王」などへの出演で、日本での人気も知名度も割と高いソンガンホの主演作「殺人の追憶」。
事前の報道では、なかなか高い評価を受けている。公開から二日間で50万人を動員したそうです。
ボクが観たのは公開三日目。平日の昼下がりだけど、400名は入れるスクリーンに半分程度の入りとは立派です。この日のMega Boxでは、同じ程度の大きさのスクリーン三つも使って上映中。

京畿道水原市の近くにある片田舎、華城(ファソン)が舞台。この田舎街で80年代後半から90年代初めにかけて、若い女性ばかりを狙った11件もの連続暴行殺人事件が起こった。
この事件は未解決で、犯人は未だに捕まっていない。

この事件を発生当時から担当した刑事パクトゥマンを演じるのがソンガンホ。そして、この事件の捜査のためにソウルから派遣された若い刑事ソテユンをキムサンギョンが扮する。
この作品が普通の刑事モノと違うのは、結局犯人を捕まえられない点と、典型的な古いタイプのパクトゥマンと合理的な手法で犯罪を追いかけるソテユンとの対比に重点が置かれている点だろう。
この映画を観る人たちは、前もって犯人が捕まらないのを知っている(日本から来たボクは知らなかったけど)。
だから、観客の興味は「田舎刑事」と「都会刑事」、二人の刑事の対立と反目、葛藤、そして協力などに焦点を絞って、この二人のやりとりを思う存分楽しむ(?)ことができるのだ。
そして、最後にこの二人がたどり着くのは、何人もの罪の無い女性たちを死に至らしめた犯人を放置せざるを得ない敗北感と寂寥感...。この感覚は、刑事としての能力の限界から来るのではなく、その当時置かれていた韓国の世相から来るものだと観客は知っている(のだそうだ)。
※当時の韓国では民主主義を求める運動が高まりをみせ、その首謀者の検挙やデモの鎮圧に重点が置かれ、警察は市民の安全を守る部分はおざなりで、十分な予算と人員を割くことができなかったそうだ。

パクトゥマンはこの事件を軽く見ていた。だから、捜査の方法もおざなりで通り一遍。捜査線上に現れる容疑者を取り調べ、怪しそうな奴を拷問にかければ、勝手に自白すると考えていた。しかし、何人かを締め上げてもなかなか口を割らない。
そうこうしているうちに、ソンガンホは一人の知的障害を持つ青年を犯人に何とか仕立て上げる。しかし、事実は違った。また別の日、偶然森の空き地で変質者を見つけ、逃げる男をソンガンホの気転で確保するが、やはりこの男も事件とは無関係なことが判明する。
そして、偶然捜査線上に浮上してきた若い男。犯行が行われる晩にラジオから流れる曲がヒントだった...。

この作品には「悔しさ」や「悲しさ」「やりきれなさ」がこれでもかと描かれている。
線路際に転がる偽物のナイキのシューズ、自分が貼ってやったバンドエイド、そしてパクヘイルの胸ぐらを掴みあげてソンガンホが放つ言葉は....。

それにしても圧倒的な演出力を感じさせる。普通ならお通夜のような映画になってしまいそうなこの題材。それをソンガンホというキャラクターを得て、時にギャグやコミカルなシーンを織り交ぜる。またホラーもののような効果音を使ってみせる。そうすることによって、重厚感だけではなく観るものを楽しませてくれる側面をも持たせることに成功している。
もちろん、ソンガンホという役者が持つ高いパフォーマンスに対して、相方を務めるキムサンギョンが決して負けていないのも収穫。今後、このキムサンギョンにも要注目ですね。
また、重要容疑者役で「嫉妬はわが力」で主演していたパクヘイルが出演。彼は主役を張るよりも、このような個性的なバイプレーヤー的な役でこそ力を発揮できるように思います。

ラストシーンは圧巻。
このシーンには正直言って舌を巻いた。
時は流れて現代。刑事を退職したソンガンホが仕事の途中、一番最初の被害者が発見された現場を通りかかる。クルマを止めさせ、あの時と変わらないあぜ道を歩く。と、ソンガンホは偶然地元の小学生のかわいい女の子に話しかけられる...。
パクトゥマンだけではなく、誰にとってもまだこの事件は終わっていなかったのだ。

なかなか見応えがある佳作。2時間超とちょっと上映時間は長過ぎるような気もしますが、許容範囲でしょう。
ただ、突然現れるソンガンホのベッドシーンは不要だったように思いますが...。ソンガンホが捜査の一環で銭湯に行き男たちのイチモツを観察するシーンは傑作だけどね。
日本でも公開されると思います。ボクも字幕付きで観るのを楽しみにしています。

おしまい。