「さゞなみ」

心の波紋が伝わる


  

こうして十三の七藝で「さゞなみ」を観ていると本編の前に流される予告編の存在の大きさに驚かされる。先日「遥かなるクルディスタン」を観ていなかったら、この日再び七藝のシートに座っていることも無かっただろうに...。

こないだ心斎橋で観た「パルコ・フィクション」にも出ていた唯野未歩子が主演のこの「さゞなみ」。なんとも不思議な映画なのです。

和歌山県の太地で写真屋をいとなむ母親・澄江(松坂慶子)を一人残して、東北のとある街の役場に勤めるイナコ(唯野未歩子)。役場での仕事は保健所で温泉の分析。イナコが奥深い山の中で分析するために温泉を含む川の水を採集しているシーンからこの映画は始まる。
饒舌な台詞は無く、雰囲気をすごく大切にしている。電話のシーンも多いのだが、受話器を握った後姿のカットがほとんど。しかも、電話の相手の声はフォローされていなくて、言葉少なに受け答えする本人の声だけが入っている。観ている側の想像性を大切にしてくれているのでしょうか?
また、食事のシーンも多いのだけど、ほとんど食べない。そのすぐ次には食事が終わり食器を洗っているシーンになる。

やがて、物語りの輪郭がわかりだす。
イナコはこの街で助役をしている叔父さんを頼って出てきたこと。イナコの父親はブラジルで17年前に死んだこと(と、彼女は思っている)。そして、仕事がらみで出会ったどこか謎のある玉水(豊川悦司)という男に何故か好意を持ってしまったこと、などなど...。
そして、ゆっくりとでも確実に物語りは動き出す...。

ここでこの映画のストーリーをこれ以上紹介するのはナンセンスかもしれない。

映像がとても美しい。そしてゆったりと流れていく。

松坂慶子も豊川悦司をも食ってしまった唯野未歩子という女優さんの素晴らしさに出会えたことがこの映画のセールスポイントなのではないでしょうか?
観終わって、ゆっくりと余韻を楽しむ、そんなタイプの作品だと思います。

いつまでかはわからないけれどもう少し十三の第七藝術劇場で公開中です。

おしまい。