「ニューイヤーズディ/約束の日」

自らの存在理由を知る


  

週の始まりの頃に比べると、まだ過ごしやすくなりました。特に朝晩は生きていける気温になったように思いますが、いかがですか?

今回観てきたのは、心斎橋のパラダイスシネマで上映中の「ニューイヤーズディ/約束の日」というイギリスの映画。この日はボク以外にもちゃんとお客さんがいました。最初は5人ほどで淋しいなぁと思っていたのですが、予告編が始まってからもゾクゾクと入ってきて、結局20名ほどになったでしょうか。木曜日の最終回にしたら上出来かな。

突然の事故でクラスメートと先生を亡くしてしまい、自分と親友の2人だけが生き残ってしまう。
そんな時の喪失感って想像も出来ないくらい大きいやろなぁ。
ジェイクとスティーヴンはそんな経験をしてしまう。もう、生きていく意味や自分自身の存在意義すら見いだせないほど落ち込んでいる。自分も友達と一緒に死にたかった。生き残ってしまったから、今こんなに苦しいんだ。
二人は近くの海岸で待ち合わせをし、崖から投身自殺を図ろうとする。

「ここで死ぬのは簡単だ、でもボクにはやりたいことがある。それを一緒に成し遂げてから死のう。期限は1年。そう来年の今日、ニューイヤーズディに飛び降りよう!」とスティーヴンにジェイクは引き留められる。
「やりたいこと」とはこの事故で死んでしまった友人たちがビデオテープに残した「自分の夢」をひとつひとつ友人に代わって実行することだった。

たわいのない夢もあれば、とうてい実行不可能な夢もある。でも2人はひとつずつクリアしていく。死んだ友人に成り代わって彼らの夢を実行に移すことにある意味「生き甲斐」を見いだした。
でも、ジェイクはスティーヴンから「やりたいこと」が死んだクラスメイトたちの夢だとは知らされてはいなかった。ジェイクはだんだん自分の存在を当てにしている母親や幼い弟妹のために、自分の生に対する存在意義を見つけていく。そして、スティーヴンと交わした「約束」が重荷になっていくのだ。

「生きる」というのは、一体どんな意味を持っているのか。
画面では表現されていなかったけれど、所詮、人は一人で生きているのではない、社会や学校に属し、家族と一緒に生活している。社会や家族からの投げかけられる期待感や義務感から人間というのは存在意義や生存意義を見いだしていくんだなぁ。

そして「約束の日」。ジェイクとスティーヴンの二人は!

なにも難しい思いを抱いて観る必要はありません。「こんなピュアな気持ちを持っていた青春時代を返して!」なんて思いながら、気楽にご覧下さい。

おしまい。