「姉のいた夏、いない夏」

今すぐ、ポルトガルへ飛んでいきたい!


  

昨夜はたかお先生のお宅で「収穫祭」。
トウモロコシ、枝豆美味しかった。一本取られました。来年は気合いを入れてボクもやります。拙宅のこの夏はスイカ。真夏の太陽を浴びてスクスクと育っています。甘いかな。

さて、続けて観たのは「姉のいた夏、いない夏」。
大阪でも同時上映されているのですが、日比谷のスバル座で観てきました。ここも結構な入りで、東京の凄さを再認識させられました。

ちょっと緩い映画ですが、エキゾチックなヒロインに免じて許してしまう。この女の子(ジョルーダナ・ブリュースター)なかなかかわいくて好(ハオ)です。

7才年上の姉がポルトガルで自殺した。姉が大好きだった少女は、姉の自殺が受け入れられなくて、姉が死んだ年に近づいた今、その理由を探しに自分もヨーロッパへ旅立つ。
アムステルダム、パリ、ベルリンそして姉が飛び降りた海岸があるポルトガルへ。
旅の途中で、姉の恋人だった男性と出会う。そして、姉が死を選んだ理由が少しずつ明らかになっていく。
姉を訪ねていくロードムーヴィーなんだけど、この旅を通じて彼女が探し求めていたのは、姉ではなくて自分自身のアイデンテティなんだろうな。 そして、確かに彼女は探していたモノを手に入れたんだと思う。

どこまでも青くて突き抜けていきそうな空と海。まぶしい白い街並み、昼間なのにどこか妖しさを感じさせる陽が当たらない物陰。
ここに出合いが待っているのなら、何もかも放り出してボクもポルトガルへ行ってみたい!

姉が歩いてきた道を1960年代末の設定なんだけど、これは監督か制作者の感傷なんだろうなぁ。
「若者の力で、世の中が変わる」とか「夜明けはもうすぐだ」なんて運動(?)や機運は、今となってはその時代を生きてきた人たちを含めて誰ももう共感できないし、理解できない過去のモノになっているょ。

今は中年になった主人公が、自分の娘に語り聞かすという設定にすれば、もう少し理解しやすくなったのではないかな。文字だけで「今は1976年」とか言われても頭の中ではなかなか理解できない。

でも、ヨーロッパへ、特にポルトガルへ行きたくなるのは間違いありませんよ。

おしまい。